2020年3月1日 朝礼拝 『パンだけで生きない』大賀幸一牧師

出エジプト記17:3-7、マタイ4:1-11

1)断食 
 イエス様は神の霊に導かれつつ荒野に向かわれました。悪魔から誘惑され、試練を受けるためです。先ずイエス様は、40日間断食をしています。断食は、只断食をしたのではありません。これは祈りです。自らを神様に献げて、神様の御声を聞こうとするものです。イエス様が悪魔から誘惑を受け、試練を受けられたのは、すべて私たち人間のためです。この試練の中でイエス様は3つのテーマを示してくださいました。まず第1は、私たちは神様の御言葉によって生きるということです。第2はどこまでも神様を信頼しようということです。第3は、私たちは私たちの神様、イエス様によって示された生ける真の神様を神様とし、神様を礼拝するという3つです。この3つのテーマが私たちの人生において大切に守られる時、私たちはイエス様が立っておられる所に立つことができるのです。

2)石をパンに 
 第1のテーマは、私たちは神様の口から出る一つ一つの御言葉によって生きる、ということです。悪魔は、神の子ならとイエス様に言っています。イエス様はすべての人を生かす天から降って来た神のパンです。石をパンに変えて人々の空腹を満たすことは良いことのように見えますが、イエス様は、人間が生きる上で必要なのはパンだけはないと教えています。神様が与えてくださるすべてが人間に必要なのです。石をパンに変えてまで人々を満たすだけで終わってしまっては意味がないのです。悪魔の言っていることはいつも真実ではなく、真実のように見えるだけで、実は偽物に過ぎません。

3)神様を試すな 
 悪魔はイエス様にここから飛び降りて見ろと挑戦しています。そうやって神様を試してみろということです。イエス様は私たちを救うために来られました。本当にイエス様が人間たちを救いたいのなら、人間たちと同じように、神様から逃げ隠れしなければならない者になるべきではないか、と悪魔は誘うのです。そうでなければ本当に人間を知ったことにはならないと。確かに悪魔の言うことは正しいように聞こえるのです。しかしイエス様はこれを拒否しました。人間を救うためにやって来た者が、人間と同じ過ちをすることが人間を救うことではありません。イエス様は、神様を試みるのではなく、神様を信頼し続けなさい。それが私たちに必要なことだと教えられています。

4)あなたの神、主に仕えよ 
 世界の全てをあなたに与えよう、と悪魔はイエス様に挑んでいます。ただし、私を崇めるなら、と。世界の全て、すべての人々が神様のもとに帰る、戻ることは神様の悲願です。しかし、そのためにイエス様が悪魔を礼拝し、悪魔を神様のように崇めることはあってはならないことです。何故なら悪魔は永遠に、イエス様よりも上、悪魔は永遠に神様のようになってしまします。たとえ人間たちがこの先大変な試練を乗り越えて行くことになっても、すべてが悪魔の所有になってしまうより遥かに良いです。人々は神様に導かれて試練を一つ一つ乗り越えて行くことをイエス様は私たちに与えたのです。世界は神様に属するものでなければなりません。神様と共にあってこそ、人間は生きるからです。ですから、私たちは、神様を崇めます。神様のもとに戻るために。