2017年5月7日 朝礼拝 『あなたは復活する』大賀幸一牧師

ネヘミヤ2:1-18、ヨハネ福音書11:17-27
1)人間は新たに生まれなければ 
 ヨハネ福音書は、復活について詳しくわたしたちに伝えています。イエス様のもとを夜中ひそかに訪ねたファリサイ派ユダヤ人ニコデモにイエス様がおっしゃいました。人間は新たに生まれなければなりません。新たに生まれなければ神の国を見ることは出来ません。これに対してニコデモは言います。そんなことは無理です。一度生まれてしまった人間が、又お母さんのお腹の中に戻ることが出来るでしょうか。しかしイエス様がおっしゃるのはそうではなく、一度生まれてしまった人間も、新たに生まれることが必要なのだと、教えられました。人間は生まれて死にます。一度死んだ人間はもう死ぬことはありません。そしてイエス様は、人間は新たに生まれる必要があると教えます。それが可能である。もちろん新たに生まれるというのは、神様によってということです。霊によって新たに生まれることができると教えています。

2)復活する 
 加藤常昭先生、神学者であり、牧師であり、説教塾を開き伝道者を養っている先生です。加藤先生がイースターメッセージを出されています。そこには、2014年お連れ合いが舌癌で召天されたのです。加藤先生ご自身も極度のうつ病に苦しみ続け、全く伝道者としての使命を果たせない時期が何度もありました。その時をずっと支えて続けてくれたお連れ合いが癌となり、その苦しみを慰め見守り続けて来られました。その最後を看取り、とても激しい喪失感に苦しまれたそうです。そんな時にドイツの友人がメールをくださいました。お連れ合いの召天が穏やかだったのは神様が守り、導いてくれたからではないか。そして時が来て神様がお連れ合いに、復活せよと呼びかけて、復活させてくださるのだ、と。加藤先生はこの言葉に大いに慰められ、力を与えられたそうです。妻も復活するのだ。神様が妻をも復活させてくださるのだと、その時改めてそのことに気付かされた。そして希望を持つことが出来たとおっしゃっています。いなくなってしまった寂しさ、失われた喪失感から、妻は復活するという喜びを知ったのです。私たちは、命は必ず死と直面しなければならないことを知っていますが、その命は、復活する、神様によって復活させられる希望を持っています。全ての命は、全部自分の意志で生まれたのではありません。誰かの意思で生まれて来ます。もちろん神様の意思でもあります。生まれてきたその命は死ぬのですが、どうしてそれですべてが終わりなのでしょうか。神様の意思によって生まれた命は何故消滅してしまうのでしょう。神様によって生まれた命は、永遠ではないのでしょうか。神様が愛している命ならば、神様と共に永遠に存在する。神様ならば命をその様に創造される方です。だからこそ、命が神様寄って復活させられるのではないでしょうか。

3)私は復活であり、命である 
 ラザロが死んでから4日目にイエス様はようやくラザロのもとを尋ねました。マルタは、イエス様がここにいてくださらなかったことについてつぶやいています。イエス様はラザロは復活する、とおっしゃいました。マルタは、将来、時が来たらそうなるでしょう、と言って、復活は、遠い未来の出来事だと言っています。しかしイエス様はそれを否定して、私は復活であり、命である、と教えられました。はるか未来の事を言っているのではないとおっしゃっているのです。今あなたたちが私を信じるなら、あなたがは死んでも生きるのだと。私たちはイエス様が死なれたのと同じように死にます。そしてイエス様と共に生きるのです。私たちも復活するのです。私たちもイエス様と共に新たに生まれるのです。神様に愛され生まれてきた全ての命は、死にますが、消滅することも、消え去ることもありません。神様に愛された命は、復活するのです。イエス様はおっしゃいます。あなたたちも復活する、このことを信じなさい、と。