2022年2月6日 朝礼拝『神の国の秘密』大賀幸一牧師

サムエル記下12:1-13a マルコによる福音書4:10-12、21-34

  イエス様は、この後、3つのたとえ話をなさっています。まずは、灯火のお話です。灯火はどの人にも良く見えるところに灯火は置かれ、人々を照らし、人々の心、魂の中に光が宿るためです。決して誰にも見えないところに灯火は灯されません。2つ目は、成長する種のお話です。ある人が種を蒔きました。時が経って、蒔かれた種は成長します。芽を出し、葉を出し、茎を出し、つぼみを持つようになり、そして遂に花を開かせ、実を実らせます。しかしイエス様はおっしゃいました。人はどうしてそうなるのか知らない、と。イエス様はこのたとえ話で示されたのは、たとえば私たちの命、私たちの世界の事ではないでしょうか。神様がイエス様を通して蒔かれた種が、私たちの中にあるのなら、私たちの世界に蒔かれているのなら、それはきっと花を開くのです。豊かな実を実らせる時が来るのです。私たちには見えていませんが、隠されている神様の業がなされているのです。3つ目のたとえ話は、有名なからし種のたとえ話です。イエス様はからし種が地上のどの種よりも小さいものだとおっしゃっています。それでもからし種が蒔かれるなら、人々は恐ろしいほどの種の成長に目を見張ることになるでしょう。それはこの小さな軽い種が蒔かれるからです。イエス様が話してくださった3つのたとえ話。3つのお話のどれにも、人間に隠されている秘密があります。そしてイエス様のお話には必ず、この隠された事柄のために託された人がいるのです。それらはいつしか誰にも見えるもの、誰にも聞こえるものとなって行くのです。イエス様は私たちには神の国の秘密が与えられている、とおっしゃいました。それは間違いなくイエス・キリストご自身です。イエス・キリストを見ないで、どうしてイエス様が示されたたとえ話に隠されているものを見ること、聞くことが出来るでしょうか。私たちの聞く力に応じて、イエス様は私たちに語り聞かせ、私たちの人生を、命を導いておられるのです。