2023年9月10日 朝礼拝『新しく造られること』大賀幸一牧師

サムエル記下 18章31節-19章1節 ガラテヤの信徒への手紙 6章14-18節

  ガラテヤ書は、私には私たちの主イエス・キリストの十字架の他に誇るものが決してあってはなりません、と伝えています。この十字架によって、世は私に対して、私は世に対して磔、はりつけにされているのです、とあります。つまり、世と私との間に十字架があるということです。世、それは人間世界のことです。キリストであるイエス様の存在は、隠されている人間の暗闇に光を浴びせてしまいます。人間の世の真実を暴いてしまいます。人間自身が気づかないふりをしていたいくつもの暗闇が存在していることを明らかにしてしまいます。ただそれだけでなく、イエス様の十字架は、この泥沼の中から私たちを人間の世から切り取り、引き上げてくださいました。こうしてイエス様の十字架は、私たちと世との関係をまったく変えてしまわれたのです。「割礼の有無は問題ではなく、大切なのは新しく創造されることです」と15節にあります。割礼は、切り裂くことです。イエス様の十字架が、私たちと人間の世との関係を変えてしまいました。私たちと世の間に、イエス・キリストの十字架があるのです。私たちを神様に属する者とし、人間の世には属さない者としてくださいました。ところが、このイエス様の十字架、それは時にプラスに見えることがありませんか。つまり人間の世から別れさせられた私たちが、再び人間の世と合わせられるのです。大切なのは、切り裂くことではなく、新しく造られることです。イエス様の十字架は、私たちの暗闇に光を浴びせ、そのすべてを明らかにしてくださいます。私たちの闇ごと、イエス様は、神様は私たちを愛し、赦してくださいます。その光を浴びせて、私たちの暗闇ごとすべてを輝かせてくださいます。そうやって私たちは、神様によって、イエス様によって新しく造られて行くのです。私たちは日々神様に新たに造られて、歩んで行きましょう。