2023年12月10日 朝礼拝『私のもとに来ようとしない』大賀幸一牧師

列王記上 22章6-17節 ヨハネによる福音書 5章36-47節

預言者というのは、神様の御声を聴いて、それを人々に伝える人のことです。列王記上22章、イスラエル王アハブとユダ王ヨシャファトが連合して、アラム王国と戦争をした時、預言者400人を呼び集めて、戦争の勝利を占わせました。400人の預言者というのは偽りで、彼らは神様の声を聞いたのでなんでもありません。王様の要求するままに、嘘を並び立てているだけでした。北イスラエル王国アハブ王から命じられて預言者ミカヤを迎えに行った者の言葉が記されています。「預言者たちは口をそろえて王に幸運を告げています。あなたも彼ら同様に幸運を告げてください」と言っています。つまり、400人の預言者たちは神様の声を聞いて預言しているのでなく、アハブにとっての幸運を告げているだけです。預言者ミカヤは言っています。「主は生きておられる。主が私に言われることを私は告げる」。やはり預言者はこうでなければなりません。神様の御声を聴いて、素直に御言葉を人々に伝えるのです。人間の顔を見て、神様の御言葉を変えて伝えるべきではありません。預言者ミカヤは、神様のご計画を明らかにします。アハブの預言者たちは皆偽りを言うように仕組まれ、アハブは戦場へと赴き、敗北と死を与えられます。ミカヤは最後にはすべてを明るみにしたのに、アハブはミカヤの語った預言を聞き入れはしません。そしてアハブは敗北と死を与えられます。預言者ミカヤは最初アハブを欺こうとしましたが、最終的には神様が隠されたことさえも含めてすべてを明るみにします。やはり預言者は、神様の御声をすべてそのまま伝える者でなければならないのです。そこでアハブは自分がどうすべき選ぶことが出来るのです。ミカヤの預言は災いばかりといいますが、本当に自分に都合の悪いことばかりだったのでしょうか。私たちは神様の御声を聴いて歩みます。神様の御言葉が私たちに苦くても、命の道を与えてくださるからです。